こんにちは、怠け癖を仕組化で解決する人、ぐでまるです。
「頑張らなきゃ…」と思っているのに動けない。
動いても続かなくて、また自己嫌悪。――僕は大学生の頃からずっと、このくり返しでした。
公務員試験の勉強も、難しそうな資格の挑戦も、「報われるはずだ」と気合だけで始めては挫折。
そのたびに“努力できない自分”が嫌になっていました。
でも後になって気づいたんです。
つまずいていた理由は怠け癖ではなく、努力の進め方(仕組み)が自分に合っていなかったことだと。
もし今あなたが、
- 「頑張ってるのに結果が出ない」
- 「続けられない自分がつらい」
- 「やろうとしていることが楽しくない」
こんな状態なら、この記事はきっと役立ちます。
これは、僕が“報われない努力”から抜け出すまでの話。
やる気に頼らず前に進めるようになった「道中を楽しむ仕組み」をつかんだ過程です。
僕の努力が“報われなかった理由”は、怠け癖ではなく仕組みの欠陥だった
努力しているはずなのに、まったく前に進んでいる感覚がない。
当時の僕は、その原因を「怠け癖のせいだ」と決めつけていました。
でも振り返ってみると、つまずいていた理由は “やる気” や “根性” の問題ではありませんでした。
そもそも僕の努力の進め方(仕組み)が最初からズレていたんです。
目標の決め方、取り組む理由、選んだ方法――。
どれも本来の自分と噛み合っていなかったから、続かないのも、報われないのも当然の流れだったんだと思います。
ここでは、僕が大学生の頃にどんなふうに失敗していったのか、そして「仕組みそのものが欠けていた」と気づくまでの話をしていきます。
なんとなくの不安で始めた公務員試験と資格勉強(大学生時代の失敗談)
大学生の頃の僕は、将来のことを考えるたびにモヤッとした不安を抱えていました。
明確な夢があるわけでもなく、特別やりたい仕事があったわけでもない。
ただ、「ちゃんとしなきゃ」「安定しなきゃ」という気持ちだけは強くて、その不安を埋めるために、なんとなく公務員試験の勉強を始めました。
本当に公務員になりたかったわけではありません。
資格のテキストが並ぶ本屋に行って、
- 「これを取ったら将来安定した生活できるかも」
- 「周りから“頑張ってる人”に見られるかも」
そんな気持ちで、難しそうな資格に手を出したこともあります。
でも当然、どれも長くは続きませんでした。
興味があるわけではないから、勉強していても “前に進んでいる実感” がまったくない。
気合で始めたはずなのに、数日たつと「今日はいいか…」が積み重なっていく。
そして、手を止めた自分にまた自己嫌悪。
「やっぱり僕には努力は向いてないんだ」
そんなふうに決めつけて、机に向かうたびに気持ちが重くなっていきました。
今振り返ると、あの頃の僕が迷走していた理由はシンプルで、“やる理由”も “目指す方向” も曖昧なまま、気合だけでスタートしていたからです。
努力の内容が悪かったわけでも、怠け癖が強かったわけでもなくて、「始める前の準備」がほぼゼロだったんですよね。
努力の方向性がズレていた|「興味ゼロ」でも結果を出そうとした無理ゲー
大学生の僕は、「努力=結果が出れば報われる」と思い込んでいました。
公務員試験でも資格でも、興味があるかどうかなんて一度も考えずに「これを頑張れば安定につながるはずだ」と思って突っ走っていたんです。
でも実際は、興味がない分野の勉強って、想像以上にしんどい。
テキストを開いても内容が頭に入らないし、覚えてもすぐ忘れる。
「今日はここまでやるぞ」と意気込んでも、気持ちはまったく乗らない。
それでも僕は、「結果さえ出せば、その努力は報われるはずだ」と信じていたから、うまくいかない理由を“気合不足”のせいにしていました。
でも、これがそもそもの間違いでした。
興味ゼロのものを長期で頑張り続けるのは大きな負担になります。
僕の場合は、最初の数日は勢いで進めても、だんだん「やる気のなさ」に引っ張られてペースが落ち、最終的には手をつけることすら苦痛になっていきました。
そして、進まない自分を責めて、また自己嫌悪が積み重なる――。
もう完全に負のサイクルです。
今思えば、これは「努力の才能」の問題でもなく、「僕が怠け者だから」という理由でもなく、
努力の方向性そのものがズレていただけなんですよね。
興味がないものを、興味がないまま、気合だけで突破しようとしていた。
それはもう、最初から“無理ゲー”だったんだと思います。
他者評価に振り回され、「自分の楽しさ」を完全に無視していた
あの頃の僕は、勉強や努力をするときの基準が 「自分がどう感じるか」ではなく「周りからどう見えるか」 に偏っていました。
- 友達に「すごいね」と言われたい
- 親に安心してほしい
- 落ちこぼれに見られたくない
そんな“外の目線”ばかり気にしていて、「僕が楽しいか?」「興味があるか?」という一番大事な視点が、まるごと抜け落ちていたんです。
続かなくて当たり前でした。
自分の心を無視して走り続けても、途中で息切れするのは当然ですよね。
当時の僕は、努力がしんどい理由を「怠け癖のせい」だと思い込んでいましたが、実際のところは “他人軸で選んだ努力”だったから続かなかっただけでした。
外側の評価を軸にすると、やればやるほど疲れるし、結果が出なくなった瞬間に心が折れやすくなる。
そして、どんどん自分の軸が弱くなっていきました。
「努力=報われる」は幻想だったと気づいた
「努力すれば、いつか必ず報われる。」
そんな言葉を信じ込んでいた僕は、結果が出ないとき、つい
「自分が足りていないから悪い」
という方向にばかり責任を感じていました。
- 僕の頑張り方が悪いのか?
- もっと根性を出さなきゃいけないのか?
- 怠け癖のせいでダメになっているのか?
こんな考えばかりが頭に浮かんで、勝手に自分を追い込んでいたんです。
でも、よくよく考えてみると――僕が「すごい」と感じる人って、嫌なことを我慢して無理やり努力しているようには見えない。
「報われる/報われない」って、努力量そのものより“仕組み”や“選び方”のほうが影響しているんじゃないか?
と気づいたんです。
興味がない分野で、自己否定しながら、外の評価に怯えて続ける努力は、どれだけ頑張っても消耗するし、続くはずがない。
それなのに僕は、「頑張れてないから報われないのは仕方ない」と短絡的に決めつけていました。
本当に大事なのは、「どんな状態で」「どんな設計で」努力しているか。
ここがズレていると、努力は簡単に“報われない側”に転落してしまう。
そしてこのズレこそが、「頑張っているのに続かない」「やる気がなくなる」負のループ の正体でもありました。
「報われない努力」が怠け癖を強化する負のループ
気づかないうちに僕は、「報われない努力」を何度もくり返すことで、怠け癖をむしろ強化していました。
頑張っている“つもり”なのに、結果が出ない。
結果が出ないから、落ち込む。
落ち込むから、次のチャレンジの足がさらに重くなる。
まるで、抜け出そうともがくほど深みに沈んでいくような感覚でした。
ここでは、僕が実際にハマっていた「努力 → 挫折 → 自己嫌悪」 の負のループを、当時の心境といっしょに話していきます。
焦りで勢いよく始める → 結果が出ない → 落ち込む…のループ
不安がピークに達した瞬間だけ一気にスイッチが入って、参考書を買ったり、計画を立てたり、勉強を始めたり…。
勢いだけでスタートするから、最初の数日はそれっぽく頑張れるんです。
でもその熱量は長く続きません。
目的が“焦りの解消”なので、少しでも分からない場所が出てきたり、思ったより効果が見えなかったりすると、「あれ?…もう無理かも」と一気にトーンダウンしてしまう。
そして案の定、数日後には手が止まり、「また続かなかった…」と落ち込む。
この流れを、僕は何度もくり返していました。
焦り → 勢いスタート → 続かない → 自己嫌悪。
このループにハマっていた時期は、努力しようとしても、気持ちはずっとすり減っていくばかりでした。
「どうせ頑張っても無駄だ」が次のチャレンジを奪っていく
何度も失敗を重ねると、心の中でこうつぶやいてしまうんです。
「どうせ頑張っても無駄だ…」
この思考は、次の行動へのハードルを一気に高くしてしまいます。
小さな挑戦でも、頭のどこかで「また失敗するかも」「無駄な時間になるかも」と考えてしまい、気づくと手が止まっている。
僕の場合、これが典型的な負のスパイラルでした。
- まず勢いで動く
- 結果が出ず落ち込む
- 「どうせ無理」と次の挑戦を避ける
- 自己嫌悪が積み重なる
同じサイクルを繰り返すうちに、最初は小さな怠け癖だったものが、いつの間にか“努力できない自分”というレッテルに変わっていました。
この経験から、「報われない努力」をしてしまうと、怠け癖が強化されるということを発見しました。
努力を“結果だけ”で判断すると、道中の価値がゼロになる理由
僕の失敗は努力の成果を「結果」だけで測っていたこと。
- 本屋で気になる本を買ってもすぐに勉強をやめた
- 資格試験で受からなければ無意味
- 副業の作業をやっても、売上が出なければ努力ゼロ
その基準で自分の行動を評価すると、どんなに時間をかけても、結果が出なければすべてが「無駄」と感じてしまう。
でも考えてみると、努力の道中には、たくさんの価値が詰まっています。
- 新しい知識を身につけること
- 自分の行動パターンを知ること
- 自分に合わなかったという発見
これらはすべて、結果だけでは測れない報酬です。
僕は、道中の価値を無視して結果だけを追いかけていたので、小さな成長や学びも感じられず、次の行動へのモチベーションが下がっていました。
逆に、道中の価値を自分で認める仕組みを作ると、結果がすぐに出なくても、「今やったことに意味がある」と思えるようになり、努力のハードルは自然に下がることに気づきました。
僕を救った「報われる努力」の新しい定義
ここまでの話でわかる通り、僕を苦しめていたのは「努力しても報われない」と感じることでした。
努力が報われないのは、能力や根性の問題ではなく、努力のやり方(仕組み)が自分に合っていなかっただけ。
ポイントはシンプルです。
- 結果だけで努力を評価しない
- 道中の経験・学び・楽しさも報酬として認める
- やりたいことを試して、楽しくなければ方向転換する
- 他人軸から自分軸へスイッチ
この考え方を取り入れることで、無理に頑張らなくても前に進めるようになりました。
次から、僕の体験を交えて具体的に説明していきます。
結果だけじゃない|経験・知識・楽しさ=すべてが“報酬”になる
今の僕は、努力の価値を“結果だけ”で測らないようにしています。
成果が出なくても、
- 新しい知識を得た
- 行動パターンを知れた
- 好き嫌いの傾向がハッキリした
- 少しでも自分を動かせた
これらをちゃんと報酬として認める。
例えば、このブログ【ぐでまるの怠け癖改善工房】。
この記事を作成している現在、ブログ開設から約2か月。
1記事に5〜8時間かけても、読者はほぼゼロ。
それでも続けられているのは、過去の経験から
「最初は読まれなくて当たり前」
「続ければ読んでくれる人は増える」
と知っているから。
すぐ結果が出ない時期にも、確かな“前進”はある。
そう思えることで、努力がちゃんと自分に返ってくるようになりました。
「道中がつらい努力」は続かないのが当たり前
努力がつらく感じるとき、それは意志や才能の問題ではなく、仕組みの問題です。
僕も以前は「毎日決まった時間、無理に頑張らなければ」と自分を追い込んでいました。
道中が苦しい努力は自然に続かず、心身に負荷がかかるだけでモチベーションもすぐ尽きてしまいます。
つらい努力に固執せず、自分が続けやすいやり方を見つけることが大切です。
やりたいことを試して、楽しくなければ方向転換する
僕の基本ルールはシンプルで、やりたいことを小さく試してみることです。
試してみて楽しくなければ、その時点で方向転換します。
この方法のおかげで、「やらなきゃ」と自分を追い込むことが減り、自然と行動を続けやすくなりました。
大切なのは、努力の形を自分で選べることです。
無理に苦行のような努力を続ける必要はなく、楽しさや興味を基準に行動を調整することで、続けやすく、成果も出やすくなります。
他人軸から自分軸へスイッチしたことで起きた変化
以前の僕は、周りの期待や評価を基準に努力していました。
他人軸で動くと「やらされている感」が強く、達成感も得られません。
自分軸に切り替えると、自分が本当にやりたいことや楽しさに基づいて行動できるようになります。
この切り替えによって、努力の質も大きく変わりました。
つらく感じることが減り、道中の経験や学びも価値として実感できるようになったのです。
結果として、行動が自然と続き、自己肯定感も高まります。
これが僕の仕組みの肝であり、報われる努力の基盤となっています。
「道中を楽しむ仕組み化」のつくり方
努力が報われるかどうかは、結果だけで決まるわけではありません。
むしろ、道中をいかに楽しめるかが、行動を続ける鍵になります。
僕が実践しているのは、努力を「やるべきこと」ではなく「楽しみながら進められる仕組み」として設計する方法です。
ポイントは大きく3つ。
- 自分の行動パターンを観察して、無理なく動けるタイミングややり方を見つけること。
- 小さな達成をすぐに自分で認める「ミニ報酬」を設計すること。
- 行動を細かく分解して、つらさやハードルを下げること。
この仕組みを取り入れるだけで、努力の道中が少しずつ楽になり、自然と続けられるようになりました。
まず“自分の行動パターン”を客観的に分析することから始める
仕組み化の第一歩は、自分が何をやると楽しく感じ、何をやると続かないかを知ることです。
僕も最初は「毎日決まった時間に頑張る」とか「とにかくやる」と設定していましたが、すぐ挫折しました。
原因は、自分の好みや得意・苦手を無視していたことです。
重要なポイントは普段の行動を振り返り、自分がやりたくないこと・続いたことを考えること。
- 今まで自然に続いたことは何か
- やっていて楽しい、もしくは気分が軽くなる作業は何か
- 逆に、やるとストレスが溜まることは何か
僕の場合、学生時代からずっと得意というか、好きだったのは「友人の相談を聞いて、一緒に解決策を考えること」でした。
この経験が、今のブログ運営にも活かされています。
僕は自分の怠け癖や失敗談を伝えることで、読者に価値を提供できるし、書いていて楽しい。
逆に、「お金を稼げそう」という理由だけで過去に挑戦したジャンルは、体験談が薄くて、書いていても楽しさを感じられず、続きませんでした。
こうして自分の“楽しく続けられる行動”を把握すると、仕組みの設計がずっとラクになります。
無理に自分を変えようとするのではなく、自然に楽しく続けられる形を作ることがポイントです。
「小さくできた」をすぐ自分で認めるミニ報酬の設計
「頑張るのに疲れた…」と思ってしまうのは、大きな目標や成果ばかりを意識して努力しているからです。
仕組み化で大切なのは、努力や作業の「結果」を待つのではなく、小さな達成を積み重ねること。
一度に大きな目標を達成するのは難しいですし、途中で挫折してしまいます。
目標は細かく分けて「ここまでできたらOK」と自分で認めるルールを作ることが重要です。
たとえば、次のような小さな達成でもOKです。
- とりあえず作業を開始できた
- 調べ物や準備を少し進めた
- 小さなタスクを1つ完了させた
- 昨日より数分だけ多く取り組めた
こうした“小さくできたこと”を確認して認めることで、作業のハードルが下がり、取り組みやすくなります。
小さな達成を毎日積み重ねることで、努力が自然と自分に返ってくる感覚—未来への貯金のようなイメージです。
これが、僕が“報われない努力”を卒業できた仕組み化のコツです。
行動を細分化するだけで、努力のハードルが下がった
大きな作業や目標は、いきなり取り組もうとするとどうしてもハードルが高く感じます。
それはせっかく「楽しいこと」で行動できても一緒です。
僕がブログを書くことが好きでも、何も考えずに記事執筆を始めたら、途中でぐちゃぐちゃになって進まなくなります。
ポイントは、作業を細かく分解すること。
たとえばこのブログの場合、
- ネタ出しだけやる
- 見出しを作るだけやる
- 導入文を書くだけやる
こうして小さく分けることで「やらなきゃいけないこと」が目に見えて減り、気持ちもグッとラクになります。
一つずつクリアしていくうちに、自然と作業が進むようになり、疲れにくくなりました。
飽きやすい人ほど「ゆるい目標設計」が向いている理由
僕がまさにそうですが、飽きっぽいタイプは、最初から高すぎる目標を立てると途中で挫折しやすいです。
少しゆるめの目標を設定し、達成したら自分を認める。
この小さな積み重ねが、飽きやすい性格でも続けられるコツになります。
報われない努力から抜け出す鍵は「仕組み」だった
僕がこれまで経験してきた“報われない努力”の数々は、才能ややる気の問題ではありませんでした。
大事なのは「仕組み」です。
努力のハードルを下げ、楽しさや小さな達成を積み重ねることで、自然と続けられる環境を作ること。
ポイントは大きく3つです。
自分の行動パターンを知る
やりたいことや楽しいこと、逆に続かないことを把握すると、無理なく行動できる仕組みが作れます。僕の場合は、学生時代から好きだった「友人の相談を聞く」経験を活かすことで、ブログも楽しく続けられています。
小さな達成感を積み重ねる
一度に大きな目標を追うのではなく、細かく分けたタスクをクリアすることで、挫折せずに前進できます。「少し進めた」「やり終えた」という小さな成功の積み重ねが、継続の原動力になります。
飽きやすい性格でも続けられるルールを作る
最初から高すぎる目標は挫折を招きます。少しゆるめの目標を設定し、達成したら自分を認める。この繰り返しで、楽しみながら続けられる習慣が自然に身につきます。
努力は「我慢して頑張るもの」ではなく、「楽しみながら積み重ねるもの」。
仕組みさえ整えれば、道中も辛くなく、自然と結果がついてくるものです。
今日からできる一歩は、小さくても自分が楽しいと思える行動を選び、少しずつ積み重ねること。
仕組みを味方につけて、“報われる努力”の感覚を手に入れてみてください。
